出発のころ

あれから、27年が経った。

男と女が酒を囲んで、賑やかな店。

明け方、赤いドレスを着たマイは店があけると大通りに出る。

大通りはネオンもまばらで、途中、看護婦姿の女性三人とすれ違う。

マイの心が意味もなく傷む。

タクシーを拾い乗り込み、タクシーが発車する。

途中、ネオンの明かりと所々ついたビルの窓明かりがマイの頬を照らす。

近代化された都市。

タクシーの窓に、華やかな外見に身を包んだ若い男女が 夜毎の饗宴をあけて始発駅へと向う姿をマイは横目でやり過ごす。

タクシーが街を抜けたところで、 フロントガラスに突然、何かがぶつかった。

見ると、小鳥がワイパーの上に死んでいた。

マイはふと空を見上げる。

其処に空の青さはない。

霞がかった白い雲の先に葉の緑と木々の茶。

そういえば、地上も辺り一面白い靄に包まれている。

太陽はなかった。

タクシーがさらに進むと、谷間に着く。両脇は産業廃棄物に包まれた海。

ヘドロが道路にまで流れ出てきて、 それを除去しようとする重装備の若い男の作業員が二人。

ガードレールを越えた両脇では複数の作業員が、産業廃棄物の除去作業をしている。

その殆どが軽装で、中には子供もいる。

手袋もせず、素手で作業を行っている。

作業員の殆どには怒りと諦めの表情が伺える。

子供の表情は一種独特で、感情が顔から一切伺えない。

彼らは感情を殺して生きているようだ。

タクシーはヘドロの中を抜け、上り坂を進み止まる。

マイはタクシーを降りると一軒のほったて小屋に入る。

その中に入ると、シャワーも浴びず、赤いドレスのままで、 台所に立つと食事の用意を始める。

さっき、産業廃棄物の除去をしていた子供達がやがて帰ってくる。

親に捨てられ、国にも見放された子供達は盗みと強盗を繰り返してイキテきた。

マイが彼らを見つけるまでは。

マイが取ってきた仕事を彼らに与える。

マイの取り分は5%。

あの仕事を一年すれば、それぞれがまとまった金を手に出来る。

体への影響を考えると一年が限界だろう。

マイは朝食を作りながら呟く。

それからが初めて彼らが手にする「自由」

「自由」の果て

そこには「孤独」と「自殺」しか残されていないことをマイは知っていたが、 彼らは「自由」を欲している。

「金」を欲している。 生き残るための。

「手袋買わせないとな。服装もあれじゃ」

マイはそう呟きながら、整った食卓を後に、再びタクシーに乗り込む。


そんなある日、マイの通う店の休店日。

マイは明るい日差しの中、久しぶりに一人新宿を歩く。

紀伊国屋書店ビルの前に琵琶を弾いてる男と唄を唄っている女がいた。

「美しい日本」

立て看板があった。

「なにが美しい日本だ」マイはそう思ったが、足は止まっていた。

唄を唄っている女性があまりにもキレイな顔立ちだったから。

隣の男もキレイな顔立ちをしていた。

マイは一目で二人が夫婦だと感じる。

男の方は肌の色が黒い。

異国の人間だった。

国民総所得500兆円の国。

その中心地、新宿。

ニッポンという国をわかってないなこいつら。

それとも、わかり過ぎているのか。

マイは呟く。

黒人がバックでサックス吹いて、キレイな女がジャズでも歌っていたら、それだけで
今、二人の足元に置いてある空も同然の箱の中は金がジャンジャンと投げこまれることだろう。

休日の歩行者天国にふさわしい雑踏と人々の楽しそうな笑い声に消されながら 流れるその奇妙な音楽は、 そのうちマイに何かを思い起させていた。

子供の頃、よく祖母に連れていってもらったあの海。

夏休み毎日のようにいとこ達と遊びに連れていってもらったあの海を思い出させていた。

海か。

「波の音に似てる」

マイは呟く。

あの頃、そういえば、何も考えず、波の間をただ走り回ってただけだった。

今は考えているのだろうか。

あの頃の方が私は大切なことを毎日考え悩みながら生きていた気もする。

そう・・・

あの頃のほうがまだ....

 

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