ある事情を解き明かす為の実験または考察 5

アーチャと兄には、母が居た。そして、その母は、数日後に亡くなった。

父については、ここでは、触れないでおく。

葬儀は、兄が喪主となりひっそりと執り行われた。アーチャも兄も取り乱すことなく、いや、それ以上に冷静過ぎる程、冷静で、まるで、母の死を悲しんでさえないようにさえ、まわりからは、見えた。

その日の晩。ふたりきりになった時の会話

「俺は、母が死んだとは、どうしても思えないんだよ」

「わかります」

「いつか、また。会えそうな気がしている。まるで、母は遠い旅にでも出ていったようなね」

「はい。僕もそうです」

「みんなは、嘆き悲しんでいたがね」

「俺は、未だに、神の存在に関しては半信半疑なのだが、奇跡は大いに信じている。アーチャ。君は、多分。俺とは、逆だね? 神の存在を大いに信じ、まして、そのお方が、善良であるが故、奇跡などどうでもよくて、ただ、身を任せているのだろ?」

「そうでしょうか? まだ、僕などは、何となくですよ。何となく。まだまだ、信仰が足りません」

そういうと、アーチャは目を閉じた。

「兄さん。人は、死ぬと暗闇の中へ行くのか。それとも、この世が暗闇だから、天国へ行くのか。どちらなのでしょう?」

「何を言ってる。お前のまわりは、楽園ではないか」

「そうでしょうか?」

「そうさ。お前は、楽園から天国へいかなければ、いけないよ? ただし、あのじいさんが、それを許しはしないだろう。じいさんは、何もかも解っててる。もしかしたら、夢で何度もあっているのではなかろうか。ヘビとの密約の教示も受けているのではと時々思う。だからこそ、俺は、君をじいさんの所へ通わせているのだがね。アーチャ。口数の少ない思慮深い愛しい弟よ。何か、解ったら教えてくれるか?」

「兄さん。僕・・・兄さんに伝えたいことが、あります」

「何だ?」

「兄さんは、博識です。僕なんか足元にも及びません。だからこそ、時々、思うのです。兄さんに神への畏れが、加わったらとどんなにか素晴らしいだろうと」

兄は、弟に笑顔を返して話し始めた。

「この前、俺は、君にある少女の話から、無理矢理ヘビと神との密約へともっていったが、覚えているかい?」

「はい。一言一句」

「ならば、話は、早い。もちろん、君のことだから、あれから、考えてくれたことだろう。調べてもくれただろう。だからこそ、結論から先に言う。この世は、これから、暗闇だ。もしかしたら、とんでもないことが、起きる。もしかしたら、人間が、ある日、隣の人間を簡単に殺してしまうような世の中が、来る。『隣人を愛しなさい』という言葉なんか、誰も聞いちゃいない世の中がやってくる。まるで、人間が、ねずみかなんかの実験動物のように扱われるのだ。生きたまま最初は、片方の目をくりぬかれ、次に、内臓だ、腎臓をえぐりとられ、次に肝臓、すい臓、肺。最後に、心臓。それでも、人間は、生きている。口があるからね。脳もまだ、やられていない。『イタイ』と言うのさ。そして、それは、何を意味するかというと、実験をする側の人間の脳と精神がやられる。という結論さ。神がもしも居るなら、何故、この所業を許すかね? 歴史書を調べれば、未来がわかるのだ。俺でもわかる簡単な未来なのに。神はまだ、現れない。いや、神があらわれなくとも良いのだ。存在しているのなら、何故、奇跡を起こさない?! まさか、少女の母親ごとく、少女の死により、自分も後追い、死んでしまったわけでも無いだろうに。。。。何故なら、神は、確かに存在している。こんな俺でも信仰は無いが、自然界を宇宙を観察していれば、容易にわかることだ。ただし、俺には、致命的なことに信仰がまるで無いのだ。不思議なことに。」

「兄さんを救いたいです」

「ありがとう。弟よ」

「俺が信仰を持った時、カインのようにお前を殺さなければ良いが」

アーチャは、笑顔を兄に返して続ける。

「兄さんがそれで救われるなら、僕は喜んで命を差し出します。」

アーチャの真っ直ぐな目が兄の心を突き刺した。

                          つづく

過去作は、こちらに遺します。https://note.com/ofjt27