とうとうその日がきました。主はノアに言いました。「さあ、家族全員で船に入りなさい。この地上で正しい人間といえるのは、あなただけだから。 2 動物も一つがいずつ連れて入りなさい。ただし、食用と神へのささげ物に特別に選んだ動物は、それぞれ七つがいずつだ。 3 ほかに、鳥も七つがいずつ入れなさい。こうしておけば、洪水が終わってから、もう一度生き物が繁殖できる。 4 あと一週間たつと雨が降り始め、四十日の間、昼も夜も降り続く。わたしが造ったすべての生き物はみな死に絶えるだろう。」
5 ノアは、すべて命じられたとおりにしました。 6 洪水が襲ってきた時、彼は六百歳でした。 7 大水から逃れるため、彼は急いで妻と息子夫婦を連れて船に乗り込みました。 8-9 あらゆる種類の動物もみないっしょです。食用と神へのささげ物の動物も、そうでない動物も、鳥もはうものもです。すべて神がノアに命じたとおり、雄と雌のつがいで入りました。
† 祈り
主は、ノアに言いました。
「Arkの内に行きなさい。正しい彼の顔を見ました。
清い四足動物を取りなさい。
7の7の雄(男)と雌(女)の四足動物です。それは、清い 2つの雄(男)と雌(女)です。
生きている天の鳥は、7の7の雄(男性)と雌(女性)です。
地に生きている種の顔です。
再び、7日。
地に40日40夜、雨が降り、全ての立っているもの、土壌の顔の上を消し去ることを行います」
ノアは、主が命じたことを行いました。
ノアは、水の大洪水で、6の100年の息子となりました。
ノアは、行きます。息子、女、息子、女。 Arkは、大洪水の水の顔です。
清い四足動物、四足動物は清い、鳥、土壌を這うものは、行きました。
2つの2つのノアArkに雄(男性)と雌(女性)で。
神がノアに命じた通りです。
† 祈り
「再びの7日間」について
アダムは妻を知り、再び、男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、「カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました」
創世記4:25
まだ何もなかった時、神は天と地を造りました。 創世記1:1
雄と雌について
#清い四足動物の雄と雌は、
創世記7:2 では、
『男』ヘブライ原語で (イシュ)
『女』ヘブライ原語で (イシャー)
ですが、創世記7:9 では、
「男」ヘブライ原語で (ザカール)男性。雄。
「女」ヘブライ原語で (ネケバー)女性。雌。
#天の鳥は、
創世記1:27 の
神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、「男」と「女」とに創造された。 創世記1:27
「男」ヘブライ原語で zaw-kawr(ザカール)男性。雄。
「女」ヘブライ原語で nqebah(ネケバー)女性。雌。
40日40夜、雨が降り、全ての立っているもの、土壌の顔の上を消し去る 創世記7:4 「立っている」について
ヘブライ原語で、(ヤクーム)
聖書では、3箇所のみです。
創世記7:4 創世記7:23 申命記11:6
七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」
創世記7:4
地のおもてにいたすべての生き物は、人も家畜も、這うものも、空の鳥もみな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。 創世記7:23
およびルベンの子のエリアブの子、ダタンとアビラムとにされた事、すなわちイスラエルのすべての人々の中で、地が口を開き、彼らと、その家族と、天幕と、彼らに従うすべてのものを、のみつくした事などを彼らは知らず、また見なかった。 申命記11:6
「40日」について
四十日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、 創世記8:6
ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。
2 そしてヨセフは彼のしもべである医者たちに、父に薬を塗ることを命じたので、医者たちはイスラエルに薬を塗った。
3 このために四十日を費した。薬を塗るにはこれほどの日数を要するのである。
創世記50:3
主の栄光がシナイ山の上にとどまり、雲は六日のあいだ、山をおおっていたが、七日目に主は雲の中からモーセを呼ばれた。
17 主の栄光は山の頂で、燃える火のようにイスラエルの人々の目に見えたが、
18 モーセは雲の中にはいって、山に登った。そしてモーセは四十日四十夜、山にいた。
出エジプト24:18
また主はモーセに言われた、「これらの言葉を書きしるしなさい。わたしはこれらの言葉に基いて、あなたおよびイスラエルと契約を結んだからである」。
28 モーセは主と共に、四十日四十夜、そこにいたが、パンも食べず、水も飲まなかった。そして彼は契約の言葉、十戒を板の上に書いた。 出エジプト34:28
民数記13:25 14:34
申命記9:9 9:11 9:18 9:25
わたしは前の時のように四十日四十夜、山におったが、主はその時にもわたしの願いを聞かれた。主はあなたを滅ぼすことを望まれなかった。 申命記10:10
ダビデはサウルの所から行ったりきたりして、ベツレヘムで父の羊を飼っていた。
16 あのペリシテびとは四十日の間、朝夕出てきて、彼らの前に立った。
17 時に、エッサイはその子ダビデに言った、「兄たちのため、このいり麦一エパと、この十個のパンをとって、急いで陣営にいる兄の所へ持っていきなさい。
1サムエル17:16
彼は起きて食べ、かつ飲み、その食物で力づいて四十日四十夜行って、神の山ホレブに着いた。
9 その所で彼はほら穴にはいって、そこに宿ったが、主の言葉が彼に臨んで、彼に言われた、「エリヤよ、あなたはここで何をしているのか」 1列王19:8
あなたはその期間を終ったなら、また右脇を下にして寝て、ユダの家の罰を負わなければならない。わたしは一日を一年として四十日をあなたのために定める。 エゼキエル4:6
ヨナはその町にはいり、初め一日路を行きめぐって呼ばわり、「四十日を経たらニネベは滅びる」と言った。
5 そこでニネベの人々は神を信じ、断食をふれ、大きい者から小さい者まで荒布を着た。
ヨナ3:4
さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。
2 そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。 マタイ4:2
すると天から声があった、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。
12 それからすぐに、御霊がイエスを荒野に追いやった。
13 イエスは四十日のあいだ荒野にいて、サタンの試みにあわれた。そして獣もそこにいたが、御使たちはイエスに仕えていた。
マルコ1:13
さて、イエスは聖霊に満ちてヨルダン川から帰り、
2 荒野を四十日のあいだ御霊にひきまわされて、悪魔の試みにあわれた。そのあいだ何も食べず、その日数がつきると、空腹になられた。
3 そこで悪魔が言った、「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命じてごらんなさい」 ルカ4:2
イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、四十日にわたってたびたび彼らに現れて、神の国のことを語られた。
4 そして食事を共にしているとき、彼らにお命じになった、「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。
5 すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」
使徒行伝1:3
使徒行伝の最後は、
はばからず、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えつづけた。 使徒行伝28:31
で終わります。
聖書最後の書は、ヨハネの黙示録。
執筆時、エルサレム神殿は、無く。
十二使徒を始め、
多くが、殉教の死を遂げています。
十二使徒以外にも、殉教者は、その後も
世界各国で、長年にわたり後を絶ちません。
13人目の使徒パウロ
ローマで皇帝ネロにより打首の殉教。
12使徒ペテロ
ローマやパレスチナ伝道。
AD67年皇帝ネロにより逆さ十字架で殉教。
12使徒アンデレ(ペテロの弟)
黒海沿岸伝道。
ギリシアのパトラでX字型の十字架で殉教。
12使徒ヤコブ(ヨハネの兄)
スペインで伝道。エルサレムに戻り、捕らえられ、AD44年にヘロデによって斬首で殉教。
12使徒で最初の殉教者で、聖書に記述あり。
1そのころ、ヘロデ王は教会のある者たちに圧迫の手をのばし、2 ヨハネの兄弟ヤコブをつるぎで切り殺した。 使徒行伝1:2
12使徒フィリポ
スキタイ地方・トルコ伝道。
ヒエラポリスの町でマルス神殿に住みついた悪霊を退治し大勢の人々の命を助けた故、町の支配者や異教の神官が、逆十字で殉教。
12使徒バルトロマイ
アルメニア伝道。
生きながら皮膚を剥がされ殉教。
12使徒マタイ
エルサレムの教団内に留った後エチオピア・トルコで刀傷により殉教。
12使徒アルファイの子ヤコブ
エルサレム神殿で伝道中に屋根から突き落とされ、こん棒で叩かれ撲殺で殉教。
12使徒熱心党シモン
エジプト伝道後にタダイとペルシアやアルメニアで伝道中に鋸による切断で殉教。
12使徒トマス
イランからインド方面に伝道。
AD68年~75年頃、宣教の道中で槍に刺され殉教。
12使徒タダイ
ペルシャで伝道、殉教。
イスカリオのユダ
イエス・キリストを銀貨30枚で引き渡した後に、首吊りで自殺しました。
聖書記述あり。
そのとき、イエスを裏切ったユダは、イエスが罪に定められたのを見て後悔し、銀貨三十枚を祭司長、長老たちに返して
4 言った、「わたしは罪のない人の血を売るようなことをして、罪を犯しました」。しかし彼らは言った、「それは、われわれの知ったことか。自分で始末するがよい」。
5 そこで、彼は銀貨を聖所に投げ込んで出て行き、首をつって死んだ。 マタイ27:3
12使徒ヨハネ
島流しでエーゲ海のパトモス島で晩年を過ごし、福音書や黙示録や手紙を記しました。使徒の中でただ一人殉教しませんでした。
こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。
ヨハネ21:23
ヨハネの黙示録の書き出し
イエス・キリストの黙示。この黙示は、神が、すぐにも起るべきことをその僕たちに示すためキリストに与え、そして、キリストが、御使をつかわして、僕ヨハネに伝えられたものである。 ヨハネの黙示録1:1
ヨハネの黙示録
エゼキエル書
ダニエル書
聖書は、難解な書です。
人の血と涙の結晶です。
日本にキリスト教が、持ち込まれたのは、
1549年(戦国時代)
カトリック教会イエズス会
フランシスコ・ザビエルとされています。
聖書を
当時、日本人が読める筈もなく。
宣教師により導かれていきました。
以下、ウィキペディアより
豊臣秀吉の命令
1597年2月5日(慶長元年12月19日)
によって長崎で26人処刑。
西洋諸国では「聖パウロ三木と仲間たち」とも呼ばれる。26人は後にカトリック教会によって聖人の列に加えられたため、
彼らは「日本二十六聖人」と呼ばれる。
(以下、二十六聖人記念碑の右側から順に列挙)
フランシスコ吉(38歳):日本人大工。フランシスコ会員の世話をするため、一行に付き添い、道中で捕縛された。
コスメ竹屋(38歳):大坂で捕縛される。
ペトロ助四郎(年齢不詳):イエズス会員の世話をするため一行に付き添い、道中で捕縛された。
ミカエル小崎(46歳):トマス小崎の父。64歳
ディエゴ喜斎(64歳):イエズス会員として祭壇係および門衛(接待係)に就く。備前国岡山藩津高郡馬屋郷芳賀村(現在の岡山県岡山市北区芳賀)出身。
パウロ三木(33歳):イエズス会員。
パウロ茨木(54歳):レオ烏丸の兄。
五島のヨハネ草庵(19歳):イエズス会員。
ルドビコ茨木日本人(12歳):パウロ茨木、レオ烏丸の甥。
長崎のアントニオ(13歳):父は中国人、母は日本人。
ペトロ・バウチスタ(48歳):スペイン人、京都で捕縛。フランシスコ会司祭。
マルチノ・デ・ラ・アセンシオン(30歳):スペイン人。大坂で捕縛。フランシスコ会司祭。
フェリペ・デ・ヘスス(24歳):メキシコ人。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。メキシコの初聖人(列聖順)。
ゴンザロ・ガルシア(40歳):ポルトガル人、40歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
フランシスコ・ブランコ(28歳):スペイン人。京都で捕縛。フランシスコ会司祭。
フランシスコ・デ・サン・ミゲル(53歳):スペイン人。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
マチアス(年齢不詳):日本人、京都で捕縛。本来逮捕者のリストになかったが、洗礼名が同じというだけで捕縛。
レオ烏丸日本人(48歳):京都で捕縛。パウロ茨木の弟。ルドビコ茨木のおじ。
ボナベントゥラ(年齢不詳):日本人、京都で捕縛。
トマス小崎(14歳):大坂で捕縛。ミカエル小崎の子。
ヨアキム榊原(40歳):大坂で捕縛。
医者のフランシスコ(46歳):京都で捕縛。
トマス談義者(36歳):日本人。京都で捕縛。
絹屋のヨハネ(28歳):日本人。京都で捕縛。
ガブリエル(19歳):日本人。京都で捕縛。
パウロ鈴木(49歳):日本人。京都で捕縛。
江戸幕府2代将軍の徳川秀忠の命令
1619年10月6日 京都
ヨハネ橋本太兵衛 (年齢不詳)
テクラ橋本 (年齢不詳):ヨハネ橋本の妻
カタリナ橋本 (13歳):ヨハネ橋本の娘
トマス橋本 (12歳):ヨハネ橋本の息子
フランシスコ橋本 (8歳):ヨハネ橋本の息子
ペトロ橋本 (6歳):ヨハネ橋本の息子
ルイサ橋本 (3歳):ヨハネ橋本の娘
トマス喜庵 (年齢不詳)
トマス池上 (年齢不詳)
リノ利兵衛 (年齢不詳)
マリア (年齢不詳):リノ利兵衛の妻
コスメ (年齢不詳)
アントニオどみ (年齢不詳)
ヨアキム小川 (年齢不詳)
ヨハネ久作 (年齢不詳)
マグダレナ (年齢不詳):ヨハネ久作の妻
レジナ (2歳):ヨハネ久作の娘
トマスこしましんしろう (年齢不詳)
マリア (年齢不詳):トマスこしまの妻
ガブリエル (年齢不詳)
マリア (年齢不詳)
モニカ (4歳):マリアの娘
マルタ (年齢不詳)
ベネディクト (2歳):マルタの息子
マリア (年齢不詳)
シクスト (3歳):マリアの息子
モニカ (年齢不詳)
トマス藤右衛門 (年齢不詳)
ルチア (年齢不詳):トマス藤右衛門の妻
ルフィナ (年齢不詳)
マルタ (7歳):ルフィナの娘
モニカ (年齢不詳)
インマヌエル小三郎 (年齢不詳)
トマス与右衛門 (年齢不詳)
アンナかじや (年齢不詳):トマス与右衛門の母
アガタ (年齢不詳)
マリアちゅうぞう (年齢不詳)
ヒエロニモそうろく (年齢不詳)
ルチア (年齢不詳):ヒエロニモそうろくの妻
ヨハネ桜井如庵 (年齢不詳)
ウルスラ (年齢不詳):ヨハネ桜井の息子の妻
マンショ九次郎 (年齢不詳)
ルイス(ルドビコ)又五郎 (年齢不詳)
レオきゅうすけ (年齢不詳)
マルタ (年齢不詳):レオきゅうすけの妻
メンシア (年齢不詳)
ルチア (年齢不詳):メンシアの娘
マグダレナ (年齢不詳)
ディエゴ辻 (年齢不詳)
フランシスコ庄三郎 (年齢不詳)
フランシスコ (年齢不詳)
マリア (年齢不詳)
1619年10月15日 小倉か大分か熊本
ディエゴ加賀山隼人 (54歳)
バルタザル加賀山半左衛門 (47歳):ディエゴ加賀山隼人のいとこ
ディエゴ加賀山 (5歳):バルタザル加賀山の息子
1636年1月30日 小倉か大分か熊本
小笠原玄也 (年齢不詳)
マリア小笠原みや (年齢不詳):ディエゴ加賀山隼人の娘、小笠原玄也の妻
小笠原源八 (年齢不詳):小笠原玄也の息子
小笠原まり (年齢不詳):小笠原玄也の娘
小笠原くり (年齢不詳):小笠原玄也の娘
小笠原佐左衛門 (年齢不詳):小笠原玄也の息子
小笠原三右衛門 (年齢不詳):小笠原玄也の息子
小笠原四郎 (年齢不詳):小笠原玄也の息子
小笠原五郎 (年齢不詳):小笠原玄也の息子
小笠原つち (年齢不詳):小笠原玄也の娘
小笠原権之介 (年齢不詳):小笠原玄也の息子
奉公人 4名
1623年12月4日 江戸
ヨハネ原主水 (年齢不詳)
1624年2月16日 広島
フランシスコ遠山甚太郎 (24歳)
1624年2月17日 広島
マチアス庄原市左衛門 (34歳)
1624年3月8日 広島
ヨアキム九郎右衛門 (65歳)
1627年2月21日 雲仙
バルタザル内堀 (年齢不詳):パウロ内堀の息子
アントニオ内堀 (18歳):パウロ内堀の息子
イグナチオ内堀 (5歳):パウロ内堀の息子
1627年2月28日 雲仙
パウロ内堀作右衛門 (47歳)
ガスパル喜左衛門 (年齢不詳)
マリア峰 (年齢不詳)
ガスパル長井宗半 (年齢不詳)
ルイス(ルドビコ)信三郎 (年齢不詳)
ディオニジオ佐伯てんか (年齢不詳)
ルイス(ルドビコ)佐伯きぞう (年齢不詳):ディオニジオの息子
ダミアン市弥太 (年齢不詳):ディオニジオの甥
レオ中山そうかん (年齢不詳)
パウロ中山 (年齢不詳):レオの息子
ヨハネ木崎 (年齢不詳)
ヨハネ平作 (年齢不詳)
トマス新五郎 (52歳)
アレクシス庄八 (年齢不詳)
トマス近藤兵右衛門 (63歳)
ヨハネ荒木勘七 (34歳)
1627年5月17日 雲仙
ヨアキム峰助太夫 (60歳)
パウロ西田休巴 (74歳)
マリア (36歳)
ヨハネ松竹庄三郎 (38歳)
バルトロメオ馬場半右衛門 (53歳)
ルイス(ルドビコ)助右衛門 (37歳)
パウロ鬼塚孫右衛門 (64歳)
ルイス(ルドビコ)林田宗可 (67歳)
マグダレナ林田 (68歳):ルイス林田の妻
パウロ林田茂兵衛 (35歳):ルイス林田の息子
1629年1月12日 山形県米沢
ルイス(ルドビコ)甘糟右衛門 (年齢不詳)
ミカエル甘糟太右衛門 (年齢不詳):ルイス甘糟の息子
ドミニカ甘糟 (年齢不詳):ミカエルの妻
ジュスタ甘糟 (3歳):ミカエルの娘
ビンセンチオ黒金市兵衛 (年齢不詳):ルイス甘糟の息子
テクラ黒金 (17歳):ビンセンチオ黒金の妻
ルチア黒金 (1歳):ビンセンチオ黒金の娘
マリア伊藤 (年齢不詳)
マリナ長房 (年齢不詳)
ペトロ弥兵衛 (年齢不詳)
マチアス彦助 (年齢不詳)
テモテ大峡次郎兵衛 (年齢不詳)
ルチア大峡 (年齢不詳):テモテ大峡の妻
ヨハネ五郎兵衛 (年齢不詳)
ヨアキム三郎兵衛 (年齢不詳)
ヨハネ板斎主計 (年齢不詳)
アウレア板斎 (年齢不詳):ヨハネ板斎の妻
アントニオ板斎オロス (年齢不詳):ヨハネ板斎の息子
パウロ三十郎 (年齢不詳):ヨハネ板斎の娘婿
ルフィナ (年齢不詳):ヨハネ板斎の娘、パウロ三十郎の妻
パウロ (5歳):パウロ三十郎の息子
マルタ (3歳):パウロ三十郎の娘
シモン高橋清左衛門 (年齢不詳)
テクラ高橋 (13歳):シモン高橋の娘
パウロ西堀式部 (31歳)
ルイス(ルドビコ)甚右衛門 (80歳)
アンナ (年齢不詳):ルイス甚右衛門の妻
マンショ吉野半右衛門 (年齢不詳)
ジュリア吉野 (年齢不詳):マンショ吉野の妻
アントニオ穴沢半右衛門 (年齢不詳)
クレセンチア穴沢 (年齢不詳):アントニオ穴沢の妻
パウロ穴沢重三郎 (年齢不詳):アントニオ穴沢の息子
ロマノ穴沢松次郎 (14歳):アントニオ穴沢の息子
ミカエル穴沢治 (13歳):アントニオ穴沢の息子
アンデレ山本七右衛門 (年齢不詳)
マリア山本 (年齢不詳):アンデレ山本の妻
ウルスラ山本 (3歳):アンデレ山本の娘
イグナチオ飯田惣右衛門 (年齢不詳)
ルチア飯田 (歳):イグナチオ飯田の妻
ヨハネ有家喜右衛門 (年齢不詳)
マグダレナ有家 (年齢不詳):ヨハネ有家の妻
ペトロ有家丹蔵 (年齢不詳):ヨハネ有家の息子
アレクシス佐藤清助 (年齢不詳)
ルチア佐藤 (年齢不詳):アレクシス佐藤の妻、アントニオ穴沢の娘
エリザベト佐藤 (3歳):アレクシス佐藤の娘
パウロ佐藤又五郎 (年齢不詳):アレクシス佐藤の弟
N・七左衛門 (年齢不詳)
マグダレナ (歳):N・七左衛門の妻
女児 (5歳):N・七左衛門の娘
女児 (3歳):N・七左衛門の娘
アレクシス庄右衛門 (年齢不詳)
カンディド坊主 (14歳):アレクシス庄右衛門の義弟
イグナチオ (1歳):カンディド坊主の甥
1633年7月28日 長崎西坂
ミカエル薬屋 (年齢不詳)
1633年7月31日 長崎西坂
ニコラオ福永ケイアン (63歳)
その他(司祭4名)編集
1633年10月21日 長崎
司祭中浦ジュリアン (64歳)
1636年2月25日 大坂
司祭ディオゴ結城了雪 (62歳)
1637年11月6日 長崎
司祭トマス金鍔次兵衛 (37歳)
1639年7月4日
司祭ペトロ岐部 (52歳) 江戸
時は、流れ、倒幕、明治維新
岩倉使節団が欧米諸国を視察した際、キリスト教の解禁が条約改正の条件であるとされ、1873年(明治6年)にキリスト教禁止令は解かれた。
明治中期以降、日本が富国強兵政策をとる。
1889年に発布された「大日本帝国憲法」
天皇に対する忠誠を説く「教育勅語」(1890年)で明治日本における天皇の位置づけが明確に示された。国家の核としての天皇と国家神道の位置づけが明確にされたことで、キリスト教に対する風当たりが強まっていく。
戦後昭和
1945年8月に第二次世界大戦が日本の降伏と連合国の勝利により終結すると、進駐してきたGHQの指示によって国家による神社への保護(国家神道)が廃止されたことにより、キリスト教各派は自由に活動できるようになった。さらに1945年10月、宗教団体法が撤廃され宗教法人令が公布・施行されると、戦時中に統合・監督的束縛を加えられていたキリスト教各派は、一斉に組織の再編に着手すると共に、日本各地で大規模な布教を開始した。
1946年、日本国憲法によって完全な信教の自由が認められると、海外のキリスト教諸団体は活発に宣教師を派遣するようになった。さらに、かねてから準備されていた口語訳聖書も出版(新約1954年、旧約1955年)された。
2019年11月23日-26日の日程で第266代ローマ教皇フランシスコが来日(1981年の第264代教皇ヨハネ・パウロ2世以来、2度目の教皇来日)。フランシスコ教皇は東京都、広島県、長崎県を訪問し、東日本大震災被災者との交流、皇居での今上天皇(徳仁)との会見や総理大臣官邸での安倍晋三首相との会談、東京ドームでの5万人ミサなどを行った。
現在
文化庁宗務課の統計によると、2020年12月31日時点で日本におけるキリスト教人口は1,915,294人で、対総人口比率は1.1%である。
2019年末時点でのキリスト教人口の内訳は、カトリック教会880,277人、プロテスタント諸教派総計341,066人、日本ハリストス正教会9,468人、末日聖徒イエス・キリスト教会128,132人、2013年時点で、エホバの証人215,966人などである。
「宗教年鑑 令和3年度」(文化庁編、2021)
都道府県別キリスト教徒数 令和3年
1位 東京都 6.2人/100人
2位 長崎県 4.8人/100人
3位 神奈川県 3.3人/100人
4位 沖縄県 2人/100人
日本のクリスチャン有名人
原敬(はら たかし、1856年 - 1921年、カトリック、1873年洗礼、第19代内閣総理大臣)
吉田茂(よしだしげる、1878年 - 1967年、カトリック、第45代及び第48~51代内閣総理大臣、濱尾文郎から臨終洗礼を受ける。)
鳩山一郎(はとやま いちろう、1883年 - 1959年、プロテスタント、第53代内閣総理大臣)
大平正芳(おおひら まさよし、1910年 - 1980年、日本基督教会観音寺教会にて1929年洗礼、第68・69代内閣総理大臣)
野口英世(のぐち ひでよ、1876年 - 1928年、プロテスタント、細菌学者、日本銀行券E号千円札肖像)
新渡戸稲造(にとべ いなぞう、1862年 - 1933年、クエーカー、1877年、農学者・教育者、国際連盟事務次長、日本銀行券D五千円札肖像)
山谷えり子(やまたに えりこ、1950年 - 、カトリック、元衆議院議員、参議院議員、元国家公安委員会委員長)
石破茂(いしば しげる、1957年 - 、プロテスタント日本基督教団、自由民主党幹事長(第46代)、防衛大臣、農林水産大臣)
麻生太郎(あそう たろう、1940年 - 、カトリック、第92代内閣総理大臣)
皇族の寬仁親王妃信子は実妹にあたる。
寬仁親王妃信子(ともひとしんのうひ のぶこ、1955年 - 、カトリック、皇族)
横田早紀江(よこた さきえ、1936年 - 、プロテスタント、日本福音キリスト教会連合中野島キリスト教会所属、北朝鮮による拉致被害者横田めぐみの母)
杉原千畝(すぎはら ちうね、1900年 - 1986年、官僚、外交官、正教徒、ナチスの虐殺からユダヤ人の地上の生命を助けた)
村田諒太 (むらた りょうた、1986年-、プロテスタント、元プロボクサー、 ロンドンオリンピックミドル級金メダリスト、元WBA世界ミドル級スーパー王者)
etc
自分は、プロテスタントです。
こんな私でも受け入れてくれる教会を
イエス・キリストは備えてくれてました。
聖書知識が、
お一人お一人の人生を助けるものと
なりますように。
身の守りとなりますように祈ります。
つづく