ある事情を解き明かす為の実験または考察7

そういうと、兄は自室へと引きこもった。

翌朝、アーチャは、小鳥のさえずりで目を覚ます。

「兄さんは、言ってた。

『人間とは、何か。何者か』

『自分は何を求めて生きているのか。』なんて。ご自分でご自分のことが、わからなくなっているんだ。あの方のことばかり考えて。」

アーチャは、まだ眠っている兄を起こさぬよう、静かに、朝の支度をしながら、どうすれば、兄の最初の問いの答えを伝えられるかを思案していた。一言で言うのは、簡単であったが、それでは、兄に一笑されるのは、わかりきっていた。かといって、行動で教えるほどの器量も無いのは、アーチャ自身が一番よくわかっていた。何しろ、自分自身が、はやく、寺院に帰りあの日常を取り戻したがってもいるのを感じていた。

「せめて、僕に出来るだけのことをしよう」アーチャはそう呟くと、食卓を整えるのであった。

兄が起きてきたのは、昼も近くなった頃だった。

「兄さん。おはようございます」

「ああ。おはよう。アーチャ。・・・それにしても、すごい、ごちそうだな」

「はい。兄さんに、少しでも元気付いてもらいたくて」

「ありがとう・・・アーチャ」

アーチャは、この時、初めて気が付いた。兄は、何度も自分の名前を呼んでくれているが、自分は、兄さんとしか、呼んでいない。兄さんは、いつも僕の前では、兄さん。で在り続けてくれたのだ。今でも、在り続けてくれている。

「ありがとうございます。兄さん。僕は兄さんが居てくれて幸せです」

優しい兄の笑顔が、アーチャの心を包み込んだ。

「愛していますよ。兄さん」

「どうした?」

「いいえ」

アーチャは、その日は、それ以上、余計な口を開かず、束の間であろう兄との大切な時間を過ごすことに決め、残されている命を一日大切に使った。ここで、読者に誤解して欲しくないのは、アーチャは、余命宣告を受けた病を抱えて生きている若者では無い。ということだ。ごくごく、どこにでもいる普通のごく普通の若者であるということだ。もしくは、

神の存在を感じているが故、”自分の命は所詮限りあるもの”ということを、多分、多くの人より感じていたという程度のことである。

 

                                未完

過去作は、こちらに遺します。https://note.com/ofjt27